司祭の言葉 12/18

待降節第4主日A年

 川口教会では毎年道路に面したところに馬小屋を作っていますが、ある日神父さんは「今イエス様は散歩に行っています」と説教で話しました。イエス様だけ誰かに持ち去られたのです。それでも同じところに、今も新しいイエス様を迎えて飾り付けています。
 今年は春日部教会の前にも馬小屋が作られました。すでに何人かから、すごいですねマリア様ですか?などの声が聞かれています。
 町のクリスマスは スノーマン サンタクロース 電飾などの光の洪水
インマヌエルとしておいでになったのに、共にいたくておいでになったのに、どこにもその姿はありません。クリスマスは主がわたしたちと共にいるために誕生した日なのに・・・
でもそのことを、馬小屋の飾りは口で言わなくても伝えてくれます・・・それが教会のクリスマスです。

 さて今日の福音ですが、ルカはマリアへのお告げでキリスト誕生物語を展開していますが、マタイはヨゼフに対するお告げを重視しています。ダビデの系譜を大切にしているのでしょう。

 密かに縁を切ろうと決心した。・・・この短い言葉の中に、ヨゼフの苦悩が読み取れます。
ユダヤでは結婚まで三つの段階がありました。許嫁、婚約、結婚
許嫁(いいなずけ)、しばしば二人が子供のころに決められました。両親や仲人によって
婚約、律法はほとんど結婚と等しい権利と義務を婚約の状態に認めました

期間は結婚準備が整うまで、ほぼ一年でした。婚約者が未来の妻の父親に送るモハルと呼ばれる婚資の贈与がなされると婚約期間は終わったといいます。(イエス時代お日常生活Ⅰ)

 そして姦淫の罪を認められた婚約者は、まだ結婚していなくても、妻のごとく投石されて殺されなければなかったのです。

 「わたしの主が御自らあなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産みその名をインマヌエルと呼ぶ。」(7の14)

このイザヤの預言の乙女と訳されている言葉は、ヘブライ語で「アルマ」といい、娘や若い女性をあらわす言葉です  (処女は ベテュラー ベテュリム)

 イサクの花よめさがしに行った僕が、泉の傍らに行き水を飲ませてくれた乙女(アルマ)が神ののぞむ花よめ (創世記24の43)
 ナイル川で葦のかごを見つけた王女が乳母を求め、モーセの姉を「娘」アルマと呼んでいます (出2の8)

これらの用例は 未婚の若い女性を表しています。
また 雅歌 6の8の 「王妃が六十人、側女が八十人/若い娘の数は知れないが・・」という歌の中の若い娘は既婚とおもわれる・・ということです。

 ですから、神学者の中には、イザヤが処女を考えていたかどうかはわからないと言う人もいます。旧約聖書がメシアを表す時、母がどんな女性であるかに興味を持っていないから・・というのがその理由です。
 しかしセプツアギンタ(70人訳)と呼ばれる旧約聖書のギリシャ語訳は、処女を表すギリシャ語パルテノスと訳しまた (パルテノス 処女 )
そしてマタイ1の23はこの70人訳からの引用をしています。

イエスとインマヌエル

 その名はインマヌエルと呼ばれるとあるのに、イエスと名付けなさいとあります。
ここに疑問を持ったことはありませんか?
 イザヤと天使の言葉が食い違っているのでしょうか。そうではありません。
「神は救う」という名のイエスは「神は我々と共におられる」というインマヌエルとしてこの世に来られ、わたしたちの間に生きておられる方なのです。
マタイはその福音をインマヌエルで始め、インマヌエルで終えています。
「あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」・・・マタイ28の20

 そして、ねむりからさめたヨゼフは天使の言葉に従ってマリアを受け入れイエスと名付けました。イエスと名付けることによって、聖霊によって生まれた子は、ダビデの血筋に入れられました。ダビデ家は神のえらびのシンボルであり、そこからメシアが出ると言われてきた家です。

ヨゼフの承諾によって、マリアのフィアット(お言葉どおりこの身になりますように)という承諾の言葉は、実を結ぶことができたのです。

司祭の言葉 12/11

待降節第3主日(A年) 

 今日はガウデーテの主日です。
入祭唱はGaudete in Domino semper: iterum dico ,
Gaudete. Dominus enim prope est.
主にあっていつも喜べ。重ねて言う、喜べ。確かに、主は近い・・と謳います。

 そして司祭は喜びを表すバラ色の祭服を身に着け、アドベントクランツのロウソクも今日はバラ色のロウソクを灯します。ドイツから生まれた飾りつけだと言いますが、待降節の4つの主日をあらわすロウソクと、緑を失わないので生命のシンボルとされる常緑樹の枝で輪を作り飾ります。そこに、赤い実のついた刺のある山帰来の枝を飾ります。サンキライは別名:猿とり茨ともいわれ、刺はキリストのかぶった茨を、赤い実はその血を象徴します。また秋の実りを象徴する姫リンゴや松ぼっくりなども飾られます。

 さて、今日の福音は、洗礼者ヨハネについての個所です。
救い主の到来を準備するために悔い改めの洗礼を呼びかけたヨハネですが、彼は牢獄の中にいます。彼はイエス様にヨルダン川で洗礼を授けた時、すでにイエス様を「来(きた)るべき方」、「世の罪を取り除く神の子羊」と認めていました。それにもかかわらず、なぜ今「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか」と自分の弟子たちに質問させたのでしょうか。
 人間は努力する限り迷います。この迷いを意図的に切り捨て、偽りの確信を作り上げ、その確信を声高に宣伝し始めると世は荒れ果てます。ヒットラーが民族浄化を推し進めたとき、何百万ものユダヤ民族の犠牲者を生み出しました。プーチン大統領も今この偽りの確信にたって戦争を引き起こし、多くの犠牲者を出しているのかもしれません。

 この質問について二つの見方があります。
 一つは、洗礼者ヨハネは捕らえられ、自分が死を迎えることを予感していたので、自分の弟子たちの目をイエス様に向けさせ、イエス様のもとへ導くために、こういう指示をした。洗礼者ヨハネ自身はイエス様が「来るべき方」だということを疑ってはいないとの見方。

 そしてもう一つは、ヨハネが思い描いていた「来るべき方」のイメージと、イエス様のイメージが大きく違っていたので、ヨハネにも迷いが生じた。
 ヨハネは確信をもって「悔い改めよ。斧はすでに木の根元に置かれている」と来るべき方について告げ知らせましたが、ヨハネが思い描いていたのは「神の怒りと裁きをもたらす方」でした。ヨハネはイエス様の実際の活動を見聞きして、それが自分の考えるキリストのイメージと違うことに戸惑ったのではないか・・というものです。

 そしてイエス様の答えは、イエス様の周りで実際に何が起こっているかに目を向けさせるものでした。それは旧約聖書の救いの到来に関する預言の成就と言えることです。
 「そのとき、見えない人の目が開き、聞こえない人の耳が開く。そのとき、歩けなかった人が鹿のように躍(おど)り上がる。口の利けなかった人が喜び歌う」(イザヤ35章5-6節)
  「主はわたしに油を注ぎ、主なる神の霊がわたしをとらえた。わたしを遣わして、貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。打ち砕かれた心を包み、捕らわれ人には自由を、つながれている人には解放を告知させるために」(イザヤ61章1節)

 イエス様が行う奇跡はイエス様自身の偉大さを示す為のものではなく、神の声が響き渡り、新しい時代が到来していることのしるしです。ヨハネはそのことを知って、イエス様こそが来るべきお方であったと確信したことでしょう。

 そしてイエス様は、「およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大なものは現れなかった」とヨハネを讃えるのですが、「しかし、天の国で最も小さなものでも、彼よりは偉大である」と続けます。
 これはどのような意味でしょうか。

 イエス様によってもたらされた真理、神の奥義は、「神は愛である」という審理です。
この真理は十字架によって明らかになりました。
洗礼者ヨハネはこの真理を知ることができなかったのです。

 ヨハネの使信は福音ではありませんでした。 それは滅亡の警告でした。
神の愛の長さ、広さ、高さ、深さを人が知るためには、十字架が必要だったのです。
そして私たちにはそれを知る恵みが与えられたのです。  

バークレーが紹介する話があります。
「毎日夕方、家の窓から外を眺めると、点火係が道路のランプを灯しながら歩いてゆくのが見えたが、その男は盲人だった」というのです。彼は自分では見ることのできない光を他人のためにともしていたのです。

ヨハネは自分の見ることのできない十字架のために、人々を回心へと招いてくれたのです。主イエス様が讃えた偉大な預言者でした。      

Deo gratias 神に感謝。

司祭の言葉 12/4

待降節第2主日

 クリスマス商戦は今たけなわです。クリスマスの準備は出来ましたかと、お店に誘います。TVではおいしそうなデコレーションケーキの画像が流れ、それを口にほおばり満足そうに微笑む女の子の顔が映し出されます。その準備とは、クリスマスプレゼントとパーティーの支度、楽しくクリスマスの夜を過ごすためのホテルやケーキの予約などです。
 今日の福音はバプテスマのヨハネを通して心の準備を呼びかけます。
 教会の玄関も畳の部屋もクリスマスの飾りが施されました。でもお御堂の中は、アドベントクランツだけです。教会はクリスマスの喜びを先取りしてしまわないように注意しなさいと呼び掛けています。

 モーセと預言者たちの言葉で聖書は構成されています。イスラエルの歴史の中で神の言葉はモーセと預言者たちを通じて語られてきました。イスラエルがパレスチナに定着したのちも、列王記の時代にも、アッシリアやバビロニアの支配に苦しんだ時も、ペルシャの支配が及んだときにも、いつも預言者がいました。

 旧約の預言者は救いの日の到来を次のように約束しました。今日の第一朗読です。
「その日が来れば/エッサイの根は/すべての民の旗印として立てられ/国々はそれを求めて集う。そのとどまるところは栄光に輝く。」 イザヤ11の10

 しかしその後は、ギリシャの支配下でもローマの圧政のもとでも預言者は現れませんでした。400年もの間預言者は一人も出ず、預言者の声は一言も聞かれなかったのです。当時ユダヤ人たちは預言者の声が途絶えたことを悲しんでいたのです。

 そのような中、400年ぶりに、荒れ野にひときわ大きな声が響き渡りました。
バプテスマのヨハネは悪を見つけ次第、大胆に摘発しました。 ヘロデ王が律法に反した不正な結婚をすればそれを非難し、パリサイ人やサドカイ人が儀式中心の形式主義におちいれば、はばかることなくそれを糾弾しました。預言者の出現です。

歯に衣着せず厳しい言葉で糾弾します。
マムシの子ら・・・と呼び掛けます。 彼らは宗教的な生き方を装っているが、そこから生まれる実は傲慢と独善という毒でしかないからです。
ふさわしい実を結べ・・・といいます。罪の告白を伴う洗礼、神が、地上に支配を及ぼそうとしているという現実に目を向け自分の生き方をそれにゆだねることを求めています。

そして来るべき方を予告します。
そのお方は手に箕をもって、麦と籾殻をもふるい分けるお方であると。

 当時の人々は・・メシアに先駆けて預言者エリアが来ると信じていました。

 一つの預言があります。マラキの預言 (3の23)は次のように言います。
「見よ、私はわが使者をつかわす彼は私の前に道を備える。」

 そして列王記下1の8には次のような箇所があります。
 アハズヤはサマリアで屋上の部屋の欄干から落ちて病気になり、使者を送り出して、「エクロンの神バアル・ゼブブのところにへの行き、この病気が治るかどうか尋ねよ」と命じます。その使者にエリヤが神から遣わされアハズヤへの神の言葉を告げます。

 使者たちが帰って来たので、アハズヤは、「お前たちはなぜ帰って来たのか」と尋ねた。彼らは答えた。彼らは答えた。「一人の人がわたしたちに会いに上って来て、こう言いました。『あなたたちを遣わした王のもとに帰って告げよ。主はこう言われる。あなたはエクロンの神バアル・ゼブブに尋ねようとして人を遣わすが、イスラエルには神がいないとでも言うのか。それゆえ、あなたは上った寝台から降りることは無い。あなたは必ず死ぬ』と。アハズヤは、「お前たちに会いに上って来て、そのようなことを告げたのはどんな男か」と彼らに尋ねた。「毛衣を着て、腰には革帯を締めていました」と彼らが答えると、アハズヤは、「それはティシュベ人エリヤだ」と言った。

らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物としていたヨハネの姿は、エリヤを彷彿とさせました。そして人々は続々と集まってきました。

 地震は大地がズレ動いた時に生じます・・  断層・・  地上のものは倒壊する
 今は全てがうまくいっているように見えてもズレは必ずはっきりとした形であらわれます。

 罪とは神に背をむけて生きてきた人間と神との間に生じたゆがみ、溜め込まれた負の力です。神の支配が始まろうとする今・・・このズレで生じる負の力を無くす必要があります。
 そのためヨハネは罪の告白を伴う洗礼を施し、人々の生きる道を神へとまっすぐにむけさせようとします。

司祭の言葉 11/27

待降節第1主日A年

 お早うございます。いよいよ待降節に入りました。待降節はキリスト誕生の祝日を準備すると同時に、キリスト再臨への備えもするようにと促す季節です。

 先週のワールドカップ日本対ドイツ戦をご覧になられましたか?私は心臓が弱いからハラハラドキドキはダメなんです。いてもたってもいられなくて。だから翌日のニュースを見てそのあと流れる映像を何度も見ました。
 その時、5チャンネルがサウナで観戦するお客さんの様子を映していましたが、「ずーっと入っているわけにはいかない、のぼせるから。」そう言って水風呂に入っていた方が出たときに、「いま日本の追加点が入りましたよ」といわれると、「ほんとですか、ほんとですか、本当に入ったんですか?」そういって、点を入れた場面を見逃したことを悔しがり、「取材を受けている場合じゃない、もう出ます。」そう答える場面がありました。見逃したのは本当に悔しかったでしょうね。

 このところテレビでは、次のような言葉を言う場面が放映されています。「皆さんご存じでしょうか、いざというとき、葬儀社を選ぶために残された時間は数時間だということを」葬儀社の宣伝ですね、今のうちにうちの葬儀社を選んで、備えておいてくださいという。

 今日のみ言葉は、イエス様が弟子たちに向かって「あなた方も用意しなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」と注意を促す場面です。イエス様は人々がごく平凡な日常の営みをしている時に、思いがけない形でその時が来るといいます。そして二人いれば一人は連れてゆかれるが、もう一人はこの世の混乱の中に取り残されるとかたります。連れてゆかれるというのはどこへでしょうか、一人は救われ神の国に入るが一人は滅ぶということでしょう。
 東日本大震災の時に、いつも「津波てんでこ」の言葉を口にしながら避難訓練をしていた小学生たちは、一人もかけることなく避難して助かり、石巻の奇跡といわれました。避難訓練をして備えていたから、訓練通りにすることによって大津波の時に助かったのです。

 「家の主人は泥棒がいつ頃やってくるかを知っていたら、目を覚ましていてみすみす自分の家に押し入らせはしないだろう」とイエス様は言います。
 ここで。「いつ頃」と訳されている言葉は、Φυλακη(フィラケー)という言葉です。ラテン語ではvigilia(夜警時間)といいますが、ローマでは、夜を4つの夜警の時間に区切り別々の班が夜警を担当しました。一つの夜警時間はおよそ3時間になります。ですからここは、夜の第1第2第3第4夜警時間の、どの夜警時間に来るかわかっていたら・・・という意味になります。
 また「押し入る」と訳されている言葉は、穴をあけるという意味の言葉で、「家に穴を開けて入らせはしない」というのが原文の意味です。当時の泥棒は家に穴を開けて侵入していたのでしょう。だとすれば、その家は穴をあけて入れるほど粗末な作りだったということになります。

 聖書学者バークレーが紹介している童話があります。
 見習いの弟子の悪魔たちに卒業試験として問題が出されます。彼らは悪魔の頭サタンに、人間を滅ぼす計画を出すのです。最初の弟子は「私は人間に、神はいないといいます」というと、サタンは、「そんなことでだますことはできない、神がいることはみんな知っている」と答えます。二番目の弟子は、「私は人間に、地獄はないというつもりです」と答えます。するとサタンは、「そんなことでだまされるものは誰もいない。罪に対して地獄があることはみな知っている」と答えます。すると三番目の弟子が「私は急ぐ必要はないといいましょう」といいます。するとサタンは「行きなさい、お前はたくさんの人たちを堕落させることが出来る」というのです。
 時間が十分にあると思うことは、最も危険な錯覚だ・・・ということでしょう。

 「あなた方も用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである」・・この主イエスの言葉を、いつも心に刻んでおきましょう。

司祭の言葉 11/20

王であるキリストの祝日C年

 突然ですが、皆さんはバチカン市国の紋章を知っていますか。
 交差する金と銀のカギ。その上に三重の王冠(教皇冠)が描かれています。
 天国と煉獄とこの世の教会の王であるキリストの代理者ということでしょうか。王冠を三つ重ねた、銀に金をかぶせた金冠です。
 教皇がペトロの座に就くときには、1305年からパウロ6世(1963~1978)の時まで戴冠式が行われてきました。第2バチカン公会議ののちパウロ6世はこの教皇冠を使用せず、貧しい人々のために売却しようと考えました。その結果、ワシントンの無原罪の聖母教会に展示され、収益は貧しい人のために使われることになったそうです。その後のヨハネパウロ1世、ヨハネパウロ2世、ベネディクト16世、フランシスコも教皇冠の戴冠式を行っていません。
 その教皇の紋章にもこの三重の冠が描かれてきました。しかし、ベネディクト16世もフランシスコも紋章に教皇冠を描かず、ミトラ(司教冠)を描いており、教皇冠を描くことは過去のものになりつつあるということです。
 そういえばロシアの主教がミサの時にかぶるものも、王冠のようなデザインです。

 教会の聖人伝には沢山の聖人が載っています。でも、暦に載っていない聖人が一人だけいます。この聖人については、教会は聖人だと宣言していません。でも天国にいることは確実なのです。イエス様が保証しているのですから。
 この暦に載っていない聖人は、どうして聖人になれたのでしょうか。なんの難しいこともありません。 たった一言葉でなれたのです。その魔法のような言葉とは・・・「あなたの御国においでになるときには、私を思い出してください。」 イエス様を王として認めた言葉・・・これです、天国に往く秘訣は。簡単ですね。 心から、そう言えばよいのです。・・・それでイエス様は天国を保証したのです。

 王であるキリストという言葉とともに思い出すのは、映画ブラザーサン・シスタームーンの一場面です。戦争から病を得て帰り、ようやくよくなって家族と共にミサに出ている折のことです。金持ちたちは前の席に座り、貧しい人たちは教会の後ろのほうで跪まずいてミサにあずかっています。フランチェスコは後ろにいる貧しい人たちを見ながら、きらびやかな衣装に包まれ金の冠をいただく王であるキリストの十字架を見つめ、着飾った自分の衣装の襟元をつかみながら「違う!」とおおきなこえでさけぶのです。

 韓国がまだ軍事独裁政権だったとき、その政権に抵抗し続けた金芝河(キムジハ)という詩人がいます。彼は『荊冠(けいかん)のイエス』という戯曲を書いています。
以下、被差別部落解放と聖書的解放を結びつける神学。『荊冠の神学』を著した栗林輝夫さんの本からの引用です。

 この戯曲の場面は、ある小さな韓国の町である。そして三人の主要な登場人物は、明らかに社会の底辺に生きる被差別者である。「ライ病人」「乞食」「売春婦」は、ある寒い風の晩、腹を空かせ、自分たちの不運を嘆きながら、肩を寄せあって座っている。彼らのすぐ側には「黄金の冠」をいただいたイエスの像がおかれている。それはかつて次のような「ある大会社の社長」の祈りによって立てられた像だった。
 「イエスよ、金の冠は、全くあんたにお似合いだ。その冠をかぶって、あんたは実にこの世の王だ。いや王の王だ。その冠であんたは全くハンサムだ。けれどイエスよ、あんたのその金の冠が、去年のクリスマスに、忠実な僕、私の寄付で作られたことを忘れないでほしいね。・・・・イエスよ、私にしこたま金を儲けさせてくれ。そうしてくれりゃあ、次のクリスマスには、私はあんたの体全体を金箔で飾ってやろう。」

 さて、このイエス像は、肩を寄せあい語らっている貧しい三人の前で突然に、
「どうか自分を虜囚の身から自由にしてくれ、解き放ってくれ」と懇願して叫び始める。「私は社会で苦しむものらを救うために、まず自分自身を解放しなければならない。大教会の神父や司教たち、実業家、政府の高級役人らは、私をこうして虜のままにして、自分らの利益のために私を利用している。」
---そうイエスは嘆くのである。これを聴いた「ライ病人」は、おそるおそる、
「どうすればイエスよ、あなたを自由にすることができますか」と尋ねる。するとイエスの像は直ちにこう叫ぶ。
「それを可能にするのは、おまえたちの貧しさ、おまえたちの知恵、おまえたちの柔和な心、いや不正義に反抗する、おまえたちの勇気。・・・・私には荊冠がふさわしい。金冠など、無知で欲深く腐ったものらが、外見を飾るために私にしたお仕着せなのだ。」そう語り、金の冠を外して荊の冠を被せてもらう。

 金芝河はこうして、この世界の権勢家によって備えられたイエスの「金冠」に、差別された者らの「荊冠」を対峙させ、イエスとは元来、荊冠をかぶる者であるという。
(栗林輝夫『荊冠の神学』p.216-217)

 しかし実際には、金冠をいただくキリストの像や絵はほとんど見ることがありません。画家たちの描く王であるキリストの絵画は、荊の冠を被ったキリストです。キリストの王冠は荊の王冠なのです。
 では、この王はなぜ殺されたのでしょうか。光としてきたからです。闇を好むものにとって、光は命取りです。どうしても、抹殺する必要があったのです。
 イエス様は「あなた方は世の光である」といいました。私たちは世の光なのです。そのことを忘れていたなら、今日こそ荊冠のイエス様をわたしたちの王として認め、「私を思い出してください」と祈りながら、私たちの光を高く掲げましょう。

司祭の言葉 11/13

年間第33主日C年

 今日の神殿の崩壊予告と終末の徴について語る話は、マタイとマルコにも並行個所がありますので、マルコの記述から、出だしの「ある人たち」というのが、ペトロ.ヤコブ.ヨハネ.アンデレの4人だったことがわかります。
 ある聖書学者は、ユダヤ教の神殿を手放しで賛美するような格好の悪いことを使徒たちにやらせたくなかったので、ルカは四人の名前を出さず「ある人たち」にしたのだろうと語っています。ガリラヤの田舎から来たお上りさんである弟子たちは、度肝を抜かれていたのでしょうか。
 この神殿については、歴史家のフラビウス・ヨゼフスが、その著書「ユダヤ戦記」の中で、「ヘロデは、治世第15年に神殿を修復するとともに、周囲に新しい石垣をめぐらして、神殿を2倍に広げた。はかり知れないほどの工費を投じ、その規模の壮大なことは他に類がなかった。その例証として、聖所の庭を取り囲む大柱廊と、北側にそそり立つとりでなどをあげることができよう」と述べています。
 聖書学者バークレーは、神殿の表玄関と回廊の柱は、白大理石の円柱で、12メートルの高さを持ち、それが継ぎ目のない一本の石でできていた。献納物について言えば、もっとも有名なのは純金でできた大きなブドウの木で、その房は人間の背丈ほどもあった・・・と述べています。
 しかしイエスは、「あなた方はこれらのものに見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る」とおっしゃるのです。

 続く終末の徴は、「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。またそのことが起こるときにはどんな徴があるのですか?」という質問に答えるものとなっています。

 エルサレムの神殿は、福音が書かれた時すでに崩壊していました。70年ローマ軍によって。著者はこの出来事と重ね合わせながら、イエスと弟子達の会話、その頃の想いを思いおこしながらペンをとっています。

 神殿はヤーウェが自らそこに住むようにえらばれた聖所であり、「主の座」(エレミヤ3の17)と呼ばれているくらいでです。 そのエルサレムの神殿ががたがたと音を立てて崩壊するとすれば、それこそ世も末です。
 けれども、たとえ何事がおころうとも、主キリストを信じて生きる人はうろたえてはいけない・・・「あなたはわたしの名のために全ての人から憎まれる。しかし、あなたがたの髪の毛一本も失われることはない。自ら堪え忍ぶことによって、自分の魂を救わなければならない。(ルカ21の17)」と、主は戒めておられます。

 いま世界は大変な苦難の中に突入しています。終末の時がやってきたかのような様相を呈しています。

 ウクライナとロシアの戦争は、まだ終わりが見えません。プーチン大統領はウクライナ侵攻を、「サタン化を阻止するための戦いだ」と正当化しています。戦術核が使われる恐れがあるともいわれています。
 また、中国の覇権主義、北朝鮮の相次ぐミサイル発射の挑発行為 オミクロン株による新型コロナウイルスによるパンデミック そして気候変動による干ばつや豪雨、台風やサイクロンの大型化 海面上昇による国土の消失。そして飢餓の問題。エトセトラ。

 今まさに国連の気候変動会議・コップ27がエジプトで、6日から18日までの予定で開かれていますが、世界は一つになれるのでしょうか。本当に心配です。

 キリスト者は傷だらけになっても、倒れても、倒れても再び立ち上がって、常にパウロのように、「私はよき戦いを戦った」(テモテ4の7)ということの出来る兵士、善戦した強者である筈です。
 私たちそれぞれにできることに力を尽くしながら、ともに、世界の平和のために祈りたいと思います。

 今日のミサの中で、コップ27の成功と世界の平和のために祈りましょう。

司祭の言葉 11/6

年間第32主日C年

 今日も、こうして、まだここでミサが出来ることを感謝します。でもいつ出来なくなるか、その日が突然来るのか、その前に恍惚の日が来るのか、それは神様だけがご存じです。今日の説教を準備するために3年前の原稿を探し出し、それを読んで愕然としました。そこにはこう書いてありました。
 「先週、二日間断食して腸の中をきれいにし、内視鏡の検査をして、見つかったポリープを切除しました。医者からは場合によって入院もありうるので、その用意をしてくるように言われて、入院の支度をして行きました。検査に当たり二日間の断食をしたのですが、終わってみると体がふらふら。初めての体験でした。脱水症状と思い自動販売機にポカリスエットを買いに行ったのですが、そのまま椅子に座り込んでしばらく動けませんでした。体力の衰えを感じさせられた一日でした。」

 愕然としたのは、この春、がん保険の勧誘があって、保険会社の人に「ポリープの検査をしましたがまだ手術はしていません。でも、2年以上たちます」・・と答えていたからです。手術したのを忘れていたのですよ。信じられないでしょう?

 死は誰にでも確実にやってきます。 問題はその後にあります。人生にとって死は終わりですが、信仰はその後に続く命を示しています。

 聖書に復活についての記述が初めて現れるのは、マカバイ記の今日の箇所です。この事件は紀元前180年から、130年の間に起こったものと見られています。復活の信仰はトビト書にも現れますが、同時代と見られています。

 今日のマカバイ記で四番目の兄弟の言葉が、印象に残ります。
 「たとえ、人の手で、死に渡されうとも、神が再び立ち上がらせてくださるという希望をこそ選ぶべきである。だが、あなたは、よみがえって再び命を得ることはない」

 わたしたちの信仰は、すべての死者がよみがえることを教えています。
 でも、信じないものは、新しい命を生きることはないのでしょう。
 信じないだけではなく、望んでいないからです。

 サドカイ人たちはレビラート婚の定めを根拠に、復活はないという論理をイエスにぶっつけてきました。彼らが守ってきた契約の箱には、向き合う一対の天使の像が置かれていました。・・しかし彼らは、天使も、復活も信じなかったと言います。
 使徒パウロはキリストの復活がなければ私たちの信仰は空しいと語っています。(1コリント15の17)
 復活はキリスト教にとって、信仰の根幹にかかわる問題なのです。

 今日の、ルカの言葉から推測されることがいくつかあります。

  1. 1.死人からの復活にあずかるにふさわしい者たち・・すべての人が復活するわけではないのでしょうか?
  2. 2.復活にあずかるものは死ぬことはない・・死ぬことはないので、子孫を残す必要はない。ゆえに結婚の必要性はなくなる・・ということでしょうか。
  3. 3.死者が復活することは、モーセも「柴」の個所で、主をアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神と呼んで、示している。
    神はモーセに、「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と現在形で語っています。つまり、アブラハムも、イサクも、ヤコブも、神の前で生きていることを示しているというのです。

 そのイエスは、証明を求められたときに、ヨナの印以外は与えられないと応えています。復活こそはイエスの言葉と行いのすべてが、神からのものであることを証しするということです。でもそのとき、弟子たちにはその言葉の意味が、理解できませんでした。
 イエスの弟子たちは、復活の主に出会って初めて信じたのです。そして命を懸けて、復活の証人となって世界に散って行きました。

司祭の言葉 10/30

年間31主日C年

 お早うございます。 先週の木曜日の朝、小生にとってとてもうれしいことがありました。その時、一人の女の子の「お早うございます」という挨拶の言葉を聞いて、思わず、胸の名札の名前を確かめました。そしてうれしくなりました。その子は年中組の子で、幼稚園に来て初めて挨拶をしたのです。入園したころから毎日、年中組になっても、門を入るのを嫌がり、足を投げ出して地面に座り泣いていた子です。ところが夏休みを終えてから、泣かずに門を入るようになり、成長したなと思っていたのですが、それが先日挨拶の言葉を口にしたのです。初めてです。
 挨拶をしない子のほとんどは、視線が先のほうを見ています。その先には子供と遊んでいる先生の姿があります。気持ちは先のほうに、これからの遊びに飛んでいるのです。
 また、園児を出迎えるために門に立っていると、いろいろな質問をしてきます。作務衣を見てそれなに?どうして頭を結わえているの?どんぐりある? などなど。

 こどもは好奇心いっぱいです。
 好奇心は探求心を生みます。 卵が先か、鶏が先か そして、哲学が、学問が始まります。好奇心は科学の進歩 文化の発展に欠かせないものです。子供のころは夢だったロボットも現実になっています。

 ザアカイはイエス様の噂に好奇心を持ってイチジクの木に登り イエス様と出合い 救いを得ました。好奇心を神に心を向けるとき、神の側から呼んでくださいます。
「ザケオ、急ぎ降りよ。今日、われ汝の家に宿らざるべからず。」
 私の大好きな言葉です。この言い回しは、パリミッションの司祭ラゲ神父の和訳です。

 さて、ここに出てくるエリコの町とはどのようなところなのでしょうか。地中海の海面よりも250メートルも低いところですが、ナツメヤシの実とバルサムの産地でした。バルサムはマツ科の常緑高木で、バルサムモミが知られています。松脂を出しその香りは数キロにわたって漂っていたといわれています。それらを世界中に輸出していましたので、エリコの町は、パレスチナの中で中心的な課税地だったということです。

 ザアカイは、その税の徴収を委託された徴税人の頭であったということですから、かなり人々から恨まれていた人と想像できます。

 彼は罪人の仲間と批判されているイエス様の噂を聞き、人目イエス様を見たいとの思いに駆られました。その時点で彼の心に何らかの変化が生じていたのかもしれません。
 イエス様を見たいと思いましたが、背が小さく後ろからは見えません。前に行こうとしても人々がそれを阻み、いじわるされ、小突かれ、どやしつけられたかもしれません。それでも何とかイエス様を見たいという思いが勝りました。そして先回りして木に登ってイエス様の来るのを待ちました。

 イエス様を家に迎えたザアカイは、自分から罪を告白します。その場合許される条件がありました。律法には、犯した罪を告白し、完全に賠償し、それに5分の1を追加して損害を受けた人に支払う・・・とあります。(民数記5の7)しかし彼は4倍にして返すといいます。それは盗んだものを売り払うか殺してしまって返済不能になった場合の償いでした。(出エジプト21の37)ここにザアカイの強い反省と固い決意が見て取れます。

 そしてイエス様は救いを宣言し、つぶやく人々に対しては、「人の子は失われたものを捜して、救うために来たのである」と宣言したのです。

 皆さんの、神の言葉への好奇心はどうでしょう?
 7年ほど前、90歳になる古河教会のおばあさんの葬儀をしましたが、棺の上に置かれた聖書には分厚くなるほど付箋が張られていました。

 好奇心の反対は ・・・ 無関心です

 聖なるものへの 神への無関心 イエス様の十字架による救いへの無関心
人々のうちにおられるイエス様への無関心。勿論知らなければ関心の持ちようがありませんから、 → だから宣教が必要になります。 

 社会に目を向ければ、まだ問題山積の東日本大震災、熊本地震、鳥取中部地震 多くの被災者 シリア難民、ウクライナ戦争の難民、国内では仮放免の外国籍の方々。
そこに寒さに震えるイエス様がおられます。
 無関心を捨て・・隣人の中に イエス様を見ようとするなら・・・必ず見つけます。
 そしてイエス様のほうから、必ず声をかけてくださいます。
「われ今日、汝の家に宿らざるべからず」・・・と。

司祭の言葉 10/16

年間第29主日C年

 皆様おはようございます。秋も深まりつつありますね。紅葉の美しい季節です。
 ウイズコロナ・・ちょっと心配ですけど、用心しながら前に進むことが求められています。

 今日の話はやもめの訴えです。
 やもめ・・夫が亡くなった未亡人です。いくつくらいでしょうか。それはわかりませんが、当時のユダヤでは14・5歳で結婚しましたから、若い人もいたと思います。
 初代教会では、やもめとして登録するのは60歳未満のものではなく一人の夫の妻であった人、善い行いで評判の良い人でなければならない・・とあります。(1テモテ5の9)
 裁判官を悩ますほどですから、かなり声をあげる人だったと思われます。
 彼女が訴えた相手は社会的に身分があるか、金持ちだったのだろうと思われます。
 中身は金銭トラブルかも知れません。
 裁判官はユダヤ人ではないと思われます。ユダヤ人ならその役目をするのは長老だからです。不正なといわれているので、わいろをとって適当に裁判をする人で、やもめは金がなくわいろをくれないのでほっといたのでしょう。
 でも彼女には武器がありました。しつこく訴えるという武器です。そして裁判官は根負けします。

 今日の譬えはイエス様が、気を落とさず絶えず祈らなければならないことを教えるために語られたのだと、ルカは述べています。
 皆さんは一日にどのくらい祈る必要があると思っているでしょうか。
 そして祈りを聞き入れてもらうためには祈り続ける、長々と祈る必要がある・・・これは正しいでしょうか。
 イエス様は 違う! といいます。

 マタイ福音書では、イエス様は祈るにあたって、祈りを聞き入れてもらおうとくどくど祈ってはいけません。それは異邦人のすることです。神は祈る前から必要なことをすべてご存じです。だから、こう祈りなさい。そうおっしゃって教えたのが主の祈りです。くどくど祈るな・・といっているのですから、しつこく祈れ、祈り倒せと言っているのではないことは確かです。
 ここで思い出すのはヤコブが神と相撲を取ったという話です。これは、神が許すというまで祈り続けた話といわれています。神が根負けするのでしょうか、答えは「否」です。
 神はすでに許しているのです。その許しをヤコブがなかなか確信できず祈り続けたということではないでしょうか。

 ルカによる福音書ではイエス様が主の祈りを教えた後に、夜中に来た旅人をもてなすためにパンを借りにいった人の譬え話をしています。この個所は、「誰でも求めるものは受け、探すものは見つけ、門をたたく者には開かれる」(マタイ7の8)という言葉と結び付けて読む必要があると、聖書学者のエレミアスは言います。
 それは、すでに寝ていても頼まれれば起きてパンを貸し与える友達のように、助けを必要とする人が声を上げるなら、この友達がそうしたように、神は必ず頼みを聞いてくださる。それは確実なことなのです・・と教えるための譬えであったということです。

 そして、今日の朗読では「イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために弟子たちに譬えを話された」とありますが、それは編集したルカが言っていることで、イエス様がこの話をした狙いは別なところにある・・といわれています。

 このやもめの訴えの譬えも、この裁判官がやもめの訴えを聞いたように、私たちが祈るとき神が祈りを聞いて下さることは確実なことなのだ・・・、だから祈りなさい・・・というところが、イエス様のおっしゃっているところなのです。
 「絶えず祈ることが必要だ」というのと「祈りが聞き入れられるのは確かなことだ」というのは違います。
 イエス様は主の祈りを教えながら、そのあとのたとえ話でもって、祈りは必ず聞き入れられるのだよ。そう教えておられるのです。

 やもめと裁判官の話について聖書学者エレミアスは、イエス様はこういいたいのだと説明します。
 「神の力、優しさ、そして助は疑いない。それは決定的に確実なことだ。あなた方が心配しなければならないのは、別のこと。人の子が来られた時、地上に信仰を見出すか・・である、と。

 今日の話は皆さんの祈りの助けになるでしょうか。すでに祈る前から主は私たちの願いをご存じなのですから、不安にならず、祈りは必ず聞き入れられると信頼をもって、日々主の教えてくださった祈りを唱えましょう。

司祭の言葉 10/9

年間28主日C年

 皆さんおはようございます。今日の福音は重い皮膚病患っている10人の癒しです。
 重い皮膚病とは、らい病(ハンセン病)のことです。この病気は結核よりも感染力が弱く、1943年に特効薬プロミンも作られ治癒することが可能となっていました。
 しかし、日本ではその10年後の1953年にらい予防法が作られています。この法律には,「強制隔離」規定がありましたが、「退所」規定がありませんでした。退所規定がないと、どうなるでしょうか? 死んでも出られないと言うことです。その結果、ハンセン病に対する恐怖を生み、患者に対する差別・偏見が強まることとなりました。家族は病人の存在をひた隠しにして、親子の縁まで切ったといいます。

 全国ハンセン病患者協議会の長年にわたる「らい予防法」改正要求運動により、【らい予防法の廃止に関する法律】が制定されて「らい予防法」が廃止されたのは1996年のことです。
 さいたま教区内では草津にこの病院があり、そこに作られた教会が草津カトリック教会として、巡回教会になっています。
 そこの患者さんたちがつづった詩集があります。本の名は「骨片文字」(1980年刊行)
 序文の一部を紹介します。

「いま、草津の「つつじ公園」、碑のそばに立つと、足元の赤土に白く乾いた小石のようなものの散乱を見る。掌に載せれば軽い。それは無数の骨片だ。砂礫のように小さなものが、生者と死者の共通の記憶である。それらが文字となってなお残ろうとする。日本からやがてライがきえても、すなわちハンセン氏病の人が死に絶えても、この詩集が消えることのないように、誰かの手に確実に渡されてゆくように・・」

 私は1979年インドのサンチナガールにあるマザーテレサのライ病の施設を訪問したのですが、日本との違いに驚かされました。
そこでは施設の周りに患者さんたちの家族の住む家があり、保育園もありました。患者さんたちは切り捨てられてはいなかったのです。自分たちでパンを焼き、シスターたちの支援を受けて暮らしていました。

 さて今日のメッセージについてみてみましょう・・・

 ライ病は重い皮膚病・・・と訳されています。
 ライ病をこのように訳することによって、本来の言葉の意味が弱められ、日本におけるライ病人への差別の歴史認識を、弱めることになりはしないかと危惧されます。

 イエス様の時代、この病気は全く治る見込みのない、死を宣告されるのと同じ病でした。
 毎日体の一部が死んでゆくと言っても良く、今日は指が死に、次に足の指が、鼻が、耳が落ちてゆきます。治療法もなく、伝染するので、その地域から追い出されてしまうのです。
 ベンハーという映画では、谷底の洞窟に生活するライ病人の姿が描かれています。

彼らは町の近くに物乞いに来ることもあり、その時は鈴を鳴らし、エメエメ(穢れたもの穢れたもの)といいながら歩かねばならなかったといいます。

 今日の福音のメッセージを皆さんはどのように見るのでしょうか

 特筆すべきことは、ユダヤ人とサマリア人がともに支えあって生活していたということです。
 いつもはいがみ合ってきたユダヤ人とサマリア人ですが、ともに一度かかったら治らない重い皮膚病という病気にかかり、共同体を追われて、互いに支え合い助け合って生きてきました。共通の苦しみによって結びあわされたのです。人と人との交わりには力があります。特に、苦しみを分かち合う交わりにはその力があります。    

 ライ病の人の一人がイエス様の噂を聞きました。そのことを語り合っている内に、彼らの心に少しずつ希望がわき上がってきました。今や彼らは信じるようにまでなりました。信仰の形成には、自分一人よりも、みんなで分かち合うほうがたやすいのです。
ライ病にかかっていましたがこの人々は生き抜く決意をしました。

 さらに、癒やされたサマリア人はとって返してきて、感謝しました。
 それに対しイエス様は、不思議な言葉を述べています・・・貴方の信仰が貴方を救った

 多くの人は、失敗は他人のせいにし、成功は自分の手柄にします。会社の社員は社長に感謝するでしょうか、多くの人は自分の働きで給料を得たと思います。
病気を直してもらった9人は、「みろ、俺たちはこうして治って戻ってきた。なおった姿を自慢してやる」・・そんな気持ちに支配され、感謝するのを忘れたのかも知れません。

しかし、9人のユダヤ人が戻ってこなくても、イエス様は問題にしなかったに違いありません。イエス様は心の広い人です。
 伝記を書いたルカが、イエス様の問題にしなかったことを問題にしているのではないか‥そう考える聖書学者もいます。

 なぜなら、その前の箇所でイエス様は次のように言っているからです。
「自分に命じられたことをみな果たしたら『わたしどもは取るに足らない僕です。しなければならないことをしただけです』と言いなさい・・と。

そのイエス様が癒やした相手に、戻ってきて感謝することを要求するのはおかしい。イエス様は感謝など求めてはいない、感謝すべきだというのはルカの考えだろう・・と。

あなたの信仰があなたを救った   サマリア人の信仰とは何でしょうか。
イエス様が癒すことができるという信仰であれば、それはユダヤ人も同じでしょう。他の9人もその信仰のゆえに癒されたに違いありません。違いは感謝するために戻ってきたということであると思います。

この外国人の他には   外国人・異邦人・・・この言葉にわたしは差別を感じます。
本田哲郎訳では「民族の違うこの人の他には」となっています。
原文はアッロゲネース よそで生まれた人・・のいみです。
αλλoγενηs  αλλos(他の)+ γενos(生まれ)