司祭の言葉 8/6

主の変容 マルコ9:2-10

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。」

主イエスの光輝くお姿を目の前に仰ぎみることをゆるされたペトロの言葉です。

マルコによる福音は、主イエスの「パンの奇跡」の後、主が「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている」(マルコ8:31)と、ご自身の十字架とご復活を弟子たちに「教え始められた」後、直ぐに続けて、今日の「主の変容」の出来事を伝えています。

マルコは、このように語り続けることにより、「パンの奇跡」すなわち主イエスとの「神の国の食卓」、さらに主の十字架の死と復活の告示、加えて「主の変容」、この三つが、主イエスが神の御子であり、神ご自身であることを、弟子たちに明らかにされた一連の出来事であることを、わたしたちに示しているのではないでしょうか。

さて、主イエスの「山上の変容」。マルコは、その日、主は、ペトロとヨハネとヤコブの三人だけを連れて「高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった。」すると「エリヤがモーセと共に現れて、イエスと語り合っていた」と伝えていました。

さらにその時、弟子たちは、「これはわたしの愛する子。これに聞け」と、「雲の中からの声」すなわち「天の父なる神の声」を聞いたとも、マルコは伝えていました。

エルサレムに最後に上られるに先立ち、主イエスは弟子たちに、エルサレムで十字架にお就きになられ、さらに復活されるご自身が、実は父なる神の御子であり、神ご自身であられることを、ご自身の光輝く神のお姿への変容をもってはっきりとお示しになられ、また父なる神ご自身も「天からの声」を以てそれを確認されました。

ところで、マルコは、モーセとエリヤの二人が、「イエスと語りあっていた」内容そのものは伝えていませんが、ルカによる福音は、それを次のように伝えています。

(モーセとエリヤの)二人は栄光に包まれて現れ、イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた。」(ルカ9:31)

ここで、特に「最期」と訳された言葉は、「過越」(exodus; έξοδοςという字であることに注意したいと思います。そうであれば、高い山の上で「モーセとエリヤが話していた」「イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期とは、主イエスがエルサレムで成し遂げられる「主ご自身の過越の成就」であったことが分かります。

このように、山上での「主の変容」は、主イエスのエルサレムでの「十字架の苦難を経て復活の栄光に過ぎ越して行かれる主の過越」に堅く結びつけられています。だからこそ、主は、「山上の変容」の前後に、ご自身の「過越」すなわち「十字架と復活」を、弟子たちに予告しておられたのです(マルコ8:31-9:1)。

すべてを創造し、支配される天の父なる神。その御子キリスト、神ご自身が、十字架にお就きになられる。「山上の変容」と「過越の予告」が相まって、ここに驚くべき、神の救いの秘義が明らかにされました。しかも、それだけではありません。

「主の変容」が、直前に語られた「パンの奇跡」の物語により、主イエスの「過越の食卓(神の国の食卓)」とも緊密に結びつけられていることは、すでに指摘しました。

「主の変容」が、主イエスのご受難の40日前であったとの伝承から、紀元5世紀以来、教会の暦では、「主の変容」の祝日は、9月14日に祝われる「十字架称賛」の祝日の40日前の8月6日に祝われて来ました。ここで、「主の変容」が、主の十字架の40日前との教会の伝承は、モーセに導かれたイスラエルの民が約束の地に入るまでの荒野の40年の旅を思い起こさせます。

事実、「主の変容」の後、主イエスは弟子たちと共にエルサレムに上る旅に就かれ、その40日後にエルサレムに入城された主は、弟子たちを、ご自身の十字架に先立ち、「最後の晩餐」つまり「主の過越の食卓」に招かれました。そのようにして、主は、約束の地である「神の国」を、「神の国の食卓」を以てお示しになりました

ただしそれは、主イエスの旅に伴い、旅の終わりエルサレムでの主の十字架と復活を通してのみ招き入れられる「神の国」。また「神の国の食卓」に備えられ、わたしたちに与えられる「永遠のいのちの糧」が、実は十字架で裂かれた「キリストの御からだと御血」であることが、ミサの度に、主ご自身によって明らかにされます。

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

司祭の言葉 8/4

年間18主日 ヨハネ6:24-35

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

「わたしがいのちのパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」

来る8月6日は、「主の変容」の祝日です。マルコによる福音は、「主の変容」が、主キリストの「五つのパン」つまり「神の国の食卓」の奇跡の後の、「主の過越」である主の十字架の死と復活の告示(マルコ8:31)に続く出来事とされています。したがって、これら三つのことは、主が神の子キリストであることを、主ご自身が弟子たちに明らかにされた一連の出来事であり、切り離して考えることはできません。

今日の福音は、先の「神の国の食卓」の物語に続く出来事です。主キリストから「五つのパン」で養われた人々が、翌日、再び主を訪ねました。彼らに主は仰せでした。

「朽ちる食べ物のためではなく、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。これ(「永遠のいのちに至る食べ物」)こそ、人の子があなたがたに与える食べ物である。父である神が、人の子を認証されたからである」

主キリストは、わたしたちに「永遠のいのちに至る食べ物」、むしろ「永遠のいのちそのもの」をお与えくださるために、天の父なる神から遣わされたことを明言されました。主のこのおことばを聞いた人々は、続けて主に、「神の業を行うためには、何をしたら良いでしょうか」とたずねました。主キリストは彼らに、「神がお遣わしになった者を信じること、それが神の業である」と、おこたえになられました。

「神の業」とは、フランシスコ会訳が「神が(わたしたちに)求めておられること」と説明するように、人々が主キリストにおたずねしたのは、「永遠のいのちに至る食べ物をいただくために、神がわたしたちに求めておられるのは何でしょうか」と言うことです。これに対して、主は彼らに、「神の遣わされたキリストを信じること。これが、神が求めておられることである」と、お応えになりました。ただし、ここで「主キリストを信じる」とは、わたしたちにとって具体的にはいかなることなのでしょうか。

主キリストと人々との会話はさらに続きます。主が、「わたしの父が天からのまことのパンをお与えになる。神のパンは、天から降って来て、世にいのちを与えるものである」と語られると、人々は、「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と願いました。その時、主は、次の驚くべきおことばをもって、彼らにお応えになりました。

わたしがいのちのパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」

つまり、主キリストご自身が「いのちのパン」そのものであると明言された上で、「(いのちのパンである)主キリストのもとに来るものは決して飢えることがない」。つまり、主をいのちのパンとして「受けるために来るもの」は、いのちに満たされると約束されたのです。そして、それがキリストを「信じる」ことであると。神がわたしたちに求めておられることは、「キリストを信じること」。それは、主キリストを「いのちのパン」として受けるために主のもとに来ること(拝領すること)に他なりません。

「神の業」、それは神のお求めに従うこと。それが、わたしたちにとって神から「永遠のいのち」を受ける唯一の道です。その道はまさに信仰の道であり、ここで信仰とは、主キリストを「いのちのパン」として拝領することに他ならない、と主は言われるのです。だからこそ、主はわたしたちにごミサを制定してくださったのです。

これは驚くべきことです。しかし、これがカトリックの信仰です。事実、主キリストが弟子たちとの最後の晩餐でミサを制定された晩から今日に至るまで、わたしたちカトリックは、ミサこそカトリックの信仰として、ミサ毎に主キリストご自身を、その御からだと御血を「永遠のいのちに至るパン」として拝領させていただいています。

実は、「(キリストを)信じる」と訳されたギリシャ語ピスチュウオーは、人ではなく、神を主語に、「(キリストを)信じさせる(疑わせない)」という意味に加えて、「(キリストとの)神秘的な交わり(communio)に入らせる」という意味です。このことは、カトリックにおいては体験の事実です。「信じる」ことが「ご聖体の拝領」(communio)として全うされることは、入信の秘跡の体験そのものだからです。実に、カトリックの信仰で「キリストを信じる」とは、わたしたちの心の確信に止まらず、ご聖体の拝領において体験されるキリストとの神秘的な交わり(communion)の事実です。

このように、わたしたちカトリックの信仰は、入信の秘跡の完成であるミサの度に、主キリストの御体と御血を拝領し、ご聖体の内に働く聖霊によって「キリストとの神秘的な交わり」へと参入させていただくことです。それが「永遠のいのち」です。

(第2コリント3:18)

父と子と聖霊のみ名によって。  アーメン。

司祭の言葉 7/28

年間17主日 ヨハネ6:1-15

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

ヨハネによる福音は、主イエスが五つのパンと二匹の魚で五千人の男たちを養われたと伝えています。もちろん、そこにはさらに多くの女性や子どもたちもいたに違いありません。昔から教会で愛されてきた「五つのパンと二匹の魚」の物語です。

ところで、この奇跡の物語に先立って、先の二回の主日にわたって、主イエスが十二人の使徒たちを福音の宣教に遣わされた次第についてお聞きいたしました。

十二使徒たちは、主イエスから「聖霊」を与えられて、「神の国」の宣教のためにすべての町や村に遣わされました。それは、実は使徒たちをお用いになられての「聖霊」による主ご自身の福音の宣教であったはずです。だからこそ、宣教に派遣されるにあたり、主は使徒たちに、主ご自身の福音宣教のみことばとまったく同じ「『神の国は近づいた』、と宣べ伝えなさい」と、お命じになっておられました。

「神の国」とは、神の国の主である主イエスがいますところです。使徒たちをお用いになられての「聖霊」による主ご自身の福音宣教とは、主が、ご自身の「神の国」に皆さんお一人おひとりを招き入れてくださることだったのです。

そのことを、今一度、主イエスご自身が明らかにされるために、主は、「五つのパンと二匹の魚」の食卓で、人々を「神の国」に、実に神の国の主の食卓に招き入れてくださったのです。人々にとって、実はこれこそが「福音」であり、これが主の福音宣教です。さらにこのことこそが、人々に起こった最も大いなる「奇跡」です。

五千人以上の人々が、わずか五つのパンと二匹の魚で養われることは奇跡です。人の世界に自然に起こることではあり得ないからです。しかし、わたしたち罪人が「神の国」に招き入れられる。それこそ、パンの奇跡に遥かに勝る「奇跡」です。

主イエスによって「神の国」に招き入れていただいた五千人以上の人々にとって、「五つのパンと二匹の魚」の食卓は、まさに「神の国の食卓」であったはずです。わたしたちには、そのことが良く分かります。わたしたちも「みことばとご聖体」の内に働かれる「聖霊」なる主・ご復活の主によって、同じ「神の国の食卓」・ごミサに招いていただいているからです。わたしたちもまた、わずかな「パンとぶどう酒」によって、世界中の人々とごミサのたびに同じ奇跡、つまり主に招かれて「神の国」での奇跡の食卓を祝わせていただいているからです。今日の福音の物語は、わたしたちの「神の国の食卓」・ごミサを先取りした物語に他なりません。

ただし、主イエスの十字架の死を経て、ご復活の主とともにごミサ・「神の国の食卓」を祝うわたしたちには、それ以前の、たとえば今日の福音の五千人がいまだ知らされていなかった真実をも知らされている、ということができると思います。

なぜなら、「イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた」と、今日のヨハネによる福音が伝える「主イエスによって、その御手に取られ、主ご自身によって祝福されたパン」は、もはや普通の「パン」ではあり得ません。それはすでに、「主のからだ」「主イエスご自身のいのち」であることを、ごミサに与るわたしたちは聖霊によってはっきりと知らされているからです。

「主のいのちのパン」。それは、五千人以上の人々を「満腹」させ、「なお残ったパンの屑で、十二の籠を一杯」に満たした、という過去の物語や昔ばなしではありません。それは、今、ここで、わたしたちすべてを「聖霊」によって、「キリストのいのち」に満たしてくださる。そればかりか、「キリストのからだ」は、じつに、神のお造りになられたすべてのものを、主のいのちの恵みとその祝福で満たして「余りがある」

主イエスによって、わたしたちは「神の国」に招きいれられています。わたしたち罪人にとって期待も想像も超えた「奇跡」です。しかもそのために、主はご自身を犠牲にされて「神の国の食卓」・ごミサを整え、「主の食卓」に招いてくださいました。ここでわたしたちがいただく「パン」は、「主ご自身の犠牲、主ご自身のいのち」です。

今日の福音の「五つのパンと二匹の魚」の奇跡の食卓の物語。ごミサに与るわたしたちには、この奇跡を疑う理由は何もありません。わたしたちも、今日の福音の語る同じ主イエスの恵み、「聖霊」によるそれ以上の恵みの奇跡の証人だからです。

ご復活の主イエス・キリストによって「神の国」に招かれた皆さん。その主とともに囲む「神の国の祝宴」・「神のいのちの食卓」。今、ここで、皆さんの命が、主によって養われ、「キリストのからだ(いのち)」によって満たされます。「取って食べなさい。これは、わたしのからだ。受けて飲みなさい。これは、わたしの血の杯。」まさに、奇跡を超えた神の自己犠牲的愛の秘跡。それが、ごミサです。

父と子と聖霊のみ名によって。   アーメン。

司祭の言葉 7/21

年間第16主日 マルコ6:30-34

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

「イエスは船から上がり、大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた。」

これは、使徒たちが主イエスから派遣された後、ふたたび「イエスのところに集まって来て、自分たちが行ったことや教えたことを残らず報告した」、その後のことです。しかし、これは一体、どういうことなのでしょうか。

主イエスは、十二人使徒を派遣されるに先立ち、ご自身で「町や村を残らず回」られた上でわたしたちが「飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれ」(マタイ9:35、36)、使徒たちを「飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれている」わたしたちの魂の牧者として、魂の配慮・霊性の司牧のために派遣されました。このことは、先の主日にお聞きしたはずです。

しかし今日、マルコが語るのは、その後の人々の様子なのです。使徒たちがすでに宣教に遣わされたにもかかわらず、その後、「イエスは・・・、大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた。」

あらためて、これは一体、どういうことなのでしょうか。わたしたちに対する使徒たちの魂の配慮・霊性の司牧が不十分だったのでしょうか。あるいは、問題はわたしたちの側で、わたしたちが主と使徒たちに期待していたのは、わたしたちへの魂の配慮と霊性の司牧ということではなく、何か別の「御利益」だったのでしょうか。

わたしたち信仰者の霊性のしるしとは何でしょうか?日本にカトリックが伝えられた475年前の1549年から数十年の間に、カトリックの人口は、その当時の日本の総人口500万中約50万人に達したとさえ言われます。現在の日本の総人口1億2千万中カトリック信者約40万と比べれば、けた違いです。何が、これほどに当時の日本人をカトリック(キリシタン)の信仰、キリストとの出会いの感動がとらえたのか?それは、日本人が初めて得た魂の自由であったという指摘があります。

「もし、わたしたちが、まことにして唯一の神を畏れるならば、神ならぬ一切のものに対する恐れから自由である。しかし、もしまことにして唯一の神を畏れないならば、神ならぬ一切のものを恐れて生きるほかはない」。これは、第2次大戦中、ナチの軍靴の響きの中でカール・バルトというスイス人の神学者によって語られた、実に勇気のある言葉です。そして、これは、いつの時代においても真実であると思います。

16世紀の多くの日本人にとって、主イエスとの出会いは、まさに、この「まことにして唯一の神」との出会いの体験であったはずです。唯一の神をのみ畏れ、神ならぬ一切のものに対する全く無用な恐れや、人や権威に対する「忖度」から解放された魂の自由。それは彼らに始めて経験され、自覚された霊性の発露と、主に在ってのその霊性の成長・成熟の予感に魂が打ち震えた時であったのではないでしょうか。

確かに、その後日本のカトリック信者方は長期に亘る厳しい禁教政策と弾圧を経験いたしました。しかし、明治初期の再宣教からすでに150年余の時が経過していることも事実です。先の主日、故岡田大司教さまが、さいたま教区管理者時代の司牧書簡から、さいたま教区の第一の課題は、司牧者および信者すべての霊的成長であるとの厳しいご指摘を再度思い起こしました。これは、第一にわたしたち司祭の責任です。主イエスに派遣された司牧者の第一の務めは、信者の皆さんの霊性の司牧、すなわち、皆さんの魂の配慮と霊性の司牧に奉仕することだからです。

もし、主イエスが、今、わたしたちを再度お訪ねになられたとしたならば、主がご覧になるのはいかなるわたしたちでしょうか。現在のわたしたちは、霊性の司牧のために主から遣わされた司牧者からていねいな魂の配慮を受け、秘跡、とりわけご聖体の秘跡であるミサを通して、主のみことばとご聖体に養われ、いただいた聖霊の恵みとそのお働きによって、健やかに、かつ豊かに整えられ、魂の全き自由の内に、十分に霊的に成長した、日本の誰にとっても魅力ある「主の民」でしょうか。

あるいは、未だ「飼い主のいない羊のような」「群衆」なのでしょうか。主イエスが司牧者を遣わされたのに、今なお、真実のご聖体の秘跡であるミサにおける聖霊の体験、すなわちご聖体の主イエスの内に、確実に力強く働かれる聖霊による魂の癒しと霊的成長の恵み、まさに魂の自由が体験されていないままのわたしたちでしょうか。そのようなわたしたちであれば、日本の誰に対しても魅力はありません。

「聖霊、来てください。」ご聖体の主イエスの内に、聖霊が、日本の教会、司牧者と信者の皆さんすべてに強く豊かに働いてくださり、主ご自身が、今なお「飼い主のいない羊」のようなわたしたちの真の魂・霊性の牧者となってくださいますように。

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

司祭の言葉 7/14

年間第15主日 マルコ6:7-13

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

主イエスは、十二使徒たちをわたしたちに派遣してくださいます。それが、今日の福音です。しかし、なぜでしょうか?

ところで、マタイによる福音は、十二使徒の派遣に先だって、主イエスが、ご自身ですでになさった大切なこと、を伝えてくれていました。すなわち、「イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。」(マタイ9:35) 

ただしその際、主イエスは、残らず回られたすべての町や村で、「群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた」。(マタイ9:36) わたしたちのこの現実に対して、主は、十二使徒たちを派遣されます。

主イエスは十二使徒たちを、決して見ず知らずの土地の、見たことも聞いたこともないわたしたちのために派遣されるのではないのです。主が使徒たちを派遣されるのは、すでに主ご自身が「残らず回られた町や村」であり、そこで主ご自身が「深く憐れまれた」、他でも無い、わたしたちのためなのです。

そうであれば、主イエスが十二使徒を派遣される目的は極めて明快です。主は使徒たちを、「飼い主のいない羊のように弱り果て打ちひしがれている」わたしたちの魂の牧者として、わたしたちの霊性の回復と司牧のために派遣されるのです。

だからこそ、今日のマルコによる福音は、主イエスは、十二人使徒のわたしたちへの派遣に際し、「汚れた霊に対する権能を授け」られたと伝えます。汚れた霊に打ち勝つ権能とは、聖い霊の権威と力、すなわち「聖霊の権能」に他なりません。

主イエスは十二使徒の派遣に際して、彼らに聖霊を託された、すなわち主ご自身を、主の活けるいのちを託されたのです。主は、わたしたちの傷ついた魂の配慮と、わたしたちの魂・霊性の回復とその司牧に、ご自身のいのちをかけておられます

十二使徒の後継者は、司教方です。わたしども司祭は、この司教の代理者として、主イエスから各小教区に派遣されています。したがって、小教区担当司祭は、Vicar、すなわち(司教の)代理者」と呼ばれます。同時に、司祭は、主から託された「飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれている」人々の魂の司牧というべき任務から、Curate、すなわち(魂を)癒す者」・「(魂の)牧者」とも呼ばれます。

わたしたちの「魂の司牧」。それは、主イエスご自身の霊・聖霊にのみよることであり、叙階の秘跡を通して、司祭に特別に主から託された奉仕です。そしてそれは何よりも聖霊のみ業である秘跡において、とりわけご聖体の秘跡であるミサにおいてなされるべきことです。ミサこそ、主ご自身がわたしたち司祭を用いて、皆さんひとり一人にご聖体において聖霊をお与えくださる、まさにその時だからです。

主イエスご自身の霊・聖霊こそ、真のCurate、「癒し主」ご自身です。聖霊は、わたしたちの魂を癒してくださる、すなわち真の意味での魂の配慮をしてくださるのみならず、わたしたちを主の似姿へと霊的に成長させてくださいます。

故岡田大司教さまは、さいたま教区管理者時代の司牧書簡の中で、教区のすべての司牧者および信者の霊性の回復霊的成長こそ、教区第一の課題とご指摘になっておられました。霊性の成熟は、聖霊の働きの実りとして受ける以外に道はありません。したがって、「聖霊来てくださいVeni Sancte Spiritusと聖霊を求めてひたすら祈り、聖霊の恵みとご保護の内にミサにより深く与ることこそが、この課題の解決であることをわたしたちは今日の福音から確認させていただきたいのです。

あらためて、ご復活の主イエスと十二使徒の頭ペトロの対話を想い起こします。主は、三度ペトロに問われました。「わたしを愛しているか。」「主よ、わたしはあなたを愛しています」と、ペトロが三度主にお応えするたびに、主は彼にくり返し、ただ一つのことをお命じになられました。「わたしの羊を飼いなさい。」(ヨハネ21:15-19)

なぜなら、主イエスは、ご自身ですでにわたしたちすべてを訪ねて、わたしたちが「飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれている」ことを熟知しておられるからです。主はこれほどまでに主の羊であるわたしたちの傷ついた魂のことを、その回復を、さらに魂、すなわち霊性の成熟を心にかけてくださっておられます。

だからこそ主イエスは、十二使徒たちの後継者である司教方、小教区におけるその代理者である司祭を派遣し、皆さんを主の聖霊の秘跡・ミサに招いておられます。この切ないまでの主のわたしたちへの思いの内に、今、ミサに与っています。

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

司祭の言葉 7/7

年間第14主日 マルコ6:1-6

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。

ルカによる福音は、主イエスが少年時代・青年時代を過されたナザレでのご様子を、「両親に仕えてお暮しになった」と、短く美しいことばで伝えています。神の子キリスト。ヨゼフさまから仕事を学ばれ、また母マリアさまを助けて、おふたりとともに汗を流して働いておられた主のお姿が瞼に浮かぶようです。

しかし、主イエスが、ナザレを後にされる時が来ます。洗礼者ヨハネから洗礼を受け、聖霊に満たされて、宣教のご生涯をお始めになられるためです。その後、カファルナウムを中心にガリラヤ地方で、「神の国の福音」を宣べ伝えてしばらくの時を経られた主イエス。主は、福音を携えて、故郷ナザレの村をお訪ねになります。それが、今日の福音です。

ナザレには、彼の訪問を待ち兼ねていたに違いない母マリアさま。さらに、かつては主イエスと村での生活をともにし、主と一緒に働いたであろう村人たちが、おそらくは期待といささかの戸惑いとともに、ある時、突然村を後にした彼を迎えます。

さて、ナザレでの安息日のこと。村の会堂にお入りになられた主イエスは、ガリラヤの他の村々でと同じように、故郷の人々に「神の国の福音」を宣べ伝えます。ところで、マタイによる福音は、先に、ガリラヤ湖畔で主の福音の宣教、いわゆる『山上の説教』を聞いた人々の様子を、次のように伝えていました。「イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに非常に驚いた。彼らの律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。」

人々は、主イエスに、律法学者には無い「権威」を認めました。「権威」とは聖書の言葉で、「存在そのもの、すなわち主ご自身から出で来たる力」、ないし「存在、つまり主ご自身を切り裂いて(犠牲にして)与えられるもの」を意味し、それは聖霊に他なりません。人々が主に「権威」を認めたという時、それは彼らが、主イエスの内に、主を通して人々に働く聖霊のみ力を認め、主を、ご自身の内に聖霊の働かれる方、すなわち彼らの主なる神・救い主キリストとして受け入れたということです。

このガリラヤ湖畔の人々のように、主イエスの故郷ナザレの人々も、「多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。『この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か』」と、当初は主のみことばとみ業に驚き、深く心を動かされます。

しかし彼らは、「待てよ」と、思い直します。そして、「『この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。』このように、(ナザレの)人々はイエスに躓いた」、とマルコによる福音は伝えます。

主イエスに「躓いた」。彼らは、彼らの理解を超えた主を受け入れられず、したがって、彼に、キリストとしての権威を認めることができませんでした。すなわち、主の内に働かれる聖霊を認めることができず、主を、彼らの救い主・神なる主キリストとして、受け入れることができませんでした。

その時、主イエスは、「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」と仰せになられ、「そして、人々の不信仰に驚かれた」と、マルコによる福音は、主の故郷ナザレの村での体験を結んでいます。

ただし、これはナザレの人々だけの問題ではないでしょう。わたしたちも、同じ主イエスの前に、わたしたち自身が、さらにわたしたちの信仰が、問われていると思います。わたしたちも、主イエスにまことの「権威」を認めることができるか否か。言いかえれば、主の内に働かれる聖霊のみ力を認め、したがって主を、ご自身の内に聖霊の働かれる方、すなわち神なる主・救い主キリストとして受け入れることができるか否か。それが、今、このわたしに、問われています。

ナザレの人々が、主イエスにまことの権威を認めることを拒んだ時、彼らは主から聖霊を受けることを拒んだのです。それを、主は不信仰と言われます。なぜなら、信仰とは、主イエス・キリストから聖霊、すなわちわたしたちにご自身を裂いてお与えくださる主ご自身のいのち、をいただくこと以外の何ものでもないからです。

主イエスの権威を認め、主から聖霊を受けさせていただく。その時、聖霊がわたしたちの内に働き、わたしたちを主ご自身の似姿に変えていってくださる。信仰とは、主なる神キリストからいただく聖霊によるわたしたちの新しい命の創造です。

主イエスはその聖霊をわたしたちにご聖体においてくださる。それがごミサです。

父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。