説教:年間第16主日 マタイ13:24-43
父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。
先週に続き、今主日も、主イエスの「神の国のたとえ」からお聞きします。最初が、「毒麦のたとえ」、次が「からし種とパン種のたとえ」です。「神の国の主」キリストにとって「神の国」こそ、福音宣教の中心です。マルコによる福音は、主ご自身の福音宣教の始めを次のように伝えていました(マルコ1:14,15)。
「ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を述べ伝えて『時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい』と言われた。」
「神の国は近づいた(英訳はhas come)」と、主イエスは仰せでした。しかし、それはいかなることなのでしょうか。ところでマタイによる福音は、洗礼者ヨハネが、ユダヤの領主ヘロデによって捕えられ、投獄されていた牢の中から自分の弟子たちを遣わし、主に「来るべき方は、あなたでしょうか」と問わせた時、主は次のように「神の国の主」ご自身における「神の国」の到来を、「事実」をもって、お答えになりました。
「行って、見聞きしていることをヨハネに伝えなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、らい病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。わたしにつまずかない人は幸いである。」(マタイ11:2-6)
主イエスの在すところに「神の国」が来ています。「神の国の主」キリストの在すところが「神の国」です。主のヨハネへのおことばは、この「事実」を見事に語り示しています。そうであれば、「神の国の主」キリストによってミサに招かれたわたしたちは、すでに「神の国」のただ中にいます。驚くべき、しかし、まぎれもない事実です。
実に、「神の国」とは、「神の国の主」キリストによって、わたしたちがすでに体験することを許されている「わが身の事実」です。「神の国のたとえ」とは、わたしたちが、この「わが身の事実」に目を開き、心を向けるように主によって語られたものです。
そうであれば、今日の福音の最初の「毒麦のたとえ」と呼ばれてきた「神の国のたとえ」は、「神の国」のただ中に在って、「神の国の主」であるキリストのみ前に明らかにされた、わたしたちとわたしたちの世界の現実以外の何ものでもありません。
良い麦と毒麦の混在したようなわたしたちとわたしたちの世界に、だからこそ主イエスは来てくださいました。その主のみ前に、わたしたちは何をなすべきか。自分はよい麦であると自らを誇り、他を毒麦と神に代わって他者を裁くことでしょうか。あるいはその逆に、自分を毒麦と決めつけ、同じく神に代わって自らを裁くことでしょうか。唯一の裁き主であるキリストのみ前に、そのどちらも間違っていると思います。
主イエスのみ前に、わたしたちに求められているただ一つのことは、すべてをご存知の主に、わたしたちをそのままお委ねさせていただくことです。つまり「悔い改める」ことです。聖書で「悔い改める」とは、直訳すれば「(主イエスと)思いを一つにする」つまり「(主と)心を合わせる」ことです。わたしたちに「神の国は近づいた」と仰せの主は、続けて「悔い改めよ」と仰せになっておられました。
だからこそ主イエスは続けて「(神の国の)福音を信じなさい」と仰せでした。ここで「信じる」と訳される語は「委ねる」という言葉です。つまり、主は「福音」である主にあなた自身を委ねてよいと仰せです。今日の第二の「神の国のたとえ」は、「神の国の主」キリストの力を「からし種とパン種」という誰でも知っている事実を以て語ります。そこには主に自らを委ねた主の教会が、二千年の間体験してきた「聖霊」による「主イエスと主のみ国」の驚くべき力と働きが見事に語り尽くされます。
「天の国(神の国)はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」さらに、「天の国(神の国)は、パン種に似ている。・・・」
「神の国の主」キリストによってすでに「神の国」の内に招かれてある幸い。今、主にわたしたちの心を合わせ、すべて委ねさせていただく幸い。「神の国」の中心にはわたしたちの罪の一切を身に受けて十字架につかれ、わたしたちにご自身のいのち「聖霊」を与えるために復活してくださった救い主がお立ちになっておられます。
もう二度と、わたしたちの弱さ、小ささに絶望する必要はありません。何よりも小さなものに働いて、何よりも大きく用いることがおできになる「神の国の主」キリストご自身が、今、ここに、福音とご聖体の内に現存し、「聖霊」において確実に、わたしたちに大いなるみ業を行ってくださる。これがわたしたちの信仰です。
「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と、主は仰せです。
父と子と聖霊のみ名によって。 アーメン。